“リフレクション学” RELOADED 3/10 開催 学校×企業×リフレクション

2017年3月10日 18時30分~20時30分

2014年11月にオランダの教育学者 Fred Korthagen 氏を招いて開催して以来の「リフレクション学」第2弾、当時の企画メンバーが再び集い開催します。

リフレクションとは、経験を主体にした『学びの様式』です。

リフレクションと学びとの関連性については、 J. Dewey (1932) の時代から議論されてきました。D. Scho̤̤n(1983) 「リフレクティブ・プラクティショナー」は 専門職における学びの一つのモデルともなっています。

リフレクションの考え方や方法が広がってきた現在に、改めてこれまでの諸理論を整理しつつ、さまざまな職種・専門職にとってのリフレクションの意義と実践を業種・業界の枠組みを超えて、その場での体験を交えながら創発的に学びます。

Menu

  リフレクション概説 リフレクションと学びについて
       事例検討 企業現場×学校現場
 対談+ワークショップ よいリフレクションと困ったリフレクション
            (軽食をいただきながらの進行となります)

Special Guest
 中原 淳(東京大学)

Facilitator
 坂田哲人(REFLECT代表理事)
 山辺恵理子(REFLECT理事)

参加費 ¥5,000 軽食付き
大妻女子大学千代田キャンパス本館2階「コタカフェ」にて

お申し込みは、PEATIX のイベントページからお願いいたします。

REFLECT IMAGE CARDS 作製いたしました。

[REFLECT ORIGINAL IMAGE CARDS]頒布のご案内

REFLECTでは、ワークショップに活用できる一組50枚セットイメージカードを製作いたしました。

このイメージカードを用いたワークショップを今後ご提供予定であるほか、
ご希望がございましたら、カードのみでもお頒けさせていただきます。

1組(箱) 972円(税込)です。
大変恐れ入りますが、別途送料を預からせていただきます (送料はご注文の数により変わります。) 10組以上を一度にご注文いただいた場合には、送料無料とさせていただきます。

までご連絡をおねがいいたします
(折り返し詳細について電子メールにてご連絡させていただきます)。

REFLECT 冬の京都ワークショップ

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学び続ける教育者のためのワークショップ
12月27日 13:00 – 17:00 京都女子大学で開催いたします。

※印刷されたチラシに記載されている開催曜日に誤記がございました。
誤 12月27日(水)
正 12月27日(火)
となります。

参加費は ¥3,000 です。

お申し込みは、①か②どちらかの方法でお願いします。

①peatix (オンラインチケット販売代行サイト)でチケットを購入
 http://peatix.com/event/212578/view

②メールで申し込み+郵便振替にて参加費を送金
 workshop@reflect.or.jp あてにお名前・ご所属を添えてお申し込みください。
また参加費は以下の口座へ送金ください


郵便局での送金の場合)
00990 ‒ 5 ‒ 174626
  一般社団法人学び続ける教育者のための協会

 銀行振込の場合) ゆうちょ銀行 099店 当座 0174626
  シヤ)マナビツヅケルキョウイクシャノタメノキョウカイ

 

Korthagen先生@京都

続けての更新です。
2014年11月6日に理事の一人が勤務していた大阪樟蔭女子大学で学内のメンバーのためにワークショップを実施していただきました。今回は、それに先駆けての京都観光の話題をアップしたいと思います。

11月5日、大阪樟蔭女子大学のメンバー3名でKorthagen先生を京都観光にご案内しました。
まずは定番の清水寺(今回のワークショップを開催する京都女子大学のすぐ側です)。Korthagen先生は、とにかく「可能な経験は全てトライする」という信条と、そして誰にも負けない好奇心(探究心)をお持ちの方だとこの時点で確信しました。おみくじを引く、音羽の瀧の清めの水を柄杓に汲んで飲む、そしてもちろん清水の舞台から京都の景色を眺める、とても楽しそうにワクワクしながらトライしておられる姿が今も目に浮かびます。事前の勉強不足で、一つひとつのご質問に十分なお答えができなかったのが心残り。

産寧坂から八坂の塔を巡る途中、イノダコーヒーでサンドイッチのお昼をいただきました。日本では何を食べても美味しいと褒めてくださったのがとても嬉しかったです。

次は西に移動して龍安寺の石庭を拝見しました。「吾唯足知」と書かれたつくばいの文字の意味を同僚が一所懸命解説してくれ、先生はその内容に強く関心を持たれてこの文字の記された手拭いを買っておられました(私が知る限り、京都で先生が買われたお土産はこれだけです。これで十分だと言われていました)。
白砂利の上に転々と置かれている石を見て「あなたは何を思い浮かべますか?」という質問を我々3人が受けました。それぞれの国の関係に見えます、人と人との繋がりに見えますと答えた同僚に比べて、動物に見えますと答えてしまった私はだいぶすべってしまった感じです(汗)。

さて、この時Korthagen先生は、石を見て何を思い浮かべられたでしょうか? 答えはワークショップなどで直接お目にかかった時にREFLECTのメンバーにお尋ねください。とても先生らしいお答えです。

最後は金閣寺。京都に住む人間にとっては金閣寺は地名、もしくは観光客で混む場所。というほどのイメージだったりするのですが(すみません)。
Korthagen先生は「Golden Pavilion!」と、その美しさに本当に感激しておられました。私達も色づきかけた紅葉の木々に映える金閣寺の姿に改めて京都の文化の深さに触れた思いでした。

これを読んで、京都に来たいと思ってくださった方、ぜひ12月27日。東山でお会いしましょう! 観光案内もいたしますよ。

12月27日 REFLECT Workshop #3 に向けて

2016年12月27日、本年も開催いたします。
リアリスティック・アプローチとリフレクションのワークショップ in 京都です。

この記事は11月4日に記していますが、ちょうど2年前の今日、2014年11月4日はFred Korthagen先生が来日され、東京で約1週間のワークショップをされた後、次のワークショップの開催のための京都への移動日となっている日でした。

お昼くらいに東京を発ち、京都に着くなり、早速お一人で市内の名所旧跡(哲学の道などに行かれたとか)を巡られたそうです。滞在中は精力的に動き、このモニュメントはリフレクションをイメージするのによい、と写真を撮るなど、観光のみならず研究開発にも余念がない、という印象を強く受けました。

のちに東京に戻ってからも、この京都での滞在が日本におけるツアーの中でとても印象的だった(この滞在のおかげでワークショップツアーも充実できたと)とお話しになっており、次回来日の機会があるならば、きっと京都滞在を楽しみにされるのでないかと思います。

そして、私たちREFLECTメンバーも、Korthagen先生に倣って(習って)日本版(日本の教育の文脈に沿うような)リアリスティック・アプローチとリフレクションを中心としたさまざまな研究開発に取り組んできておりますが、今回の第3回ワークショップでは、その成果から一つのワークショップを、一方で、最近しばらく取り扱っていない基本編となるようなワークショップをもう一つ、ということでプログラムを構成しました。

Korthagen先生とも縁の深い京都の地で、
みなさんにおあいできるのを楽しみにしています。

保育者の学びを考えるシンポジウム Part2 報告その2

7月31日に表題のイベントを開催させていただいてから、早くも1ヶ月が経ちました。保育者にとっての「リフレクション」をテーマにしたものでしたが、みなさんの日々の実践に役立てていただくことはできましたでしょうか。

リフレクションをいつするか(するのが望ましいのか)、というのはそれほど簡単な議論ではありませんが、やはりある程度日常的に取り組むことができているのがいいのだとは思います。

当日はKorthagenが開発した8つの質問を使ったリフレクションのやり方についてご紹介しましたが、これをお読みになって、”そういえば”と思い出された方、いま試しに何かの場面をとりあげてリフレクションを試してみませんか?

当日は3名で質問をしてもらいながら進めましたが、一人の時でも自問自答によって(少し大変ですが)進めることももちろん可能です。

さて、この記事の本題ですが、当日のワークショップの最中に、「なぜ振り返りをするのか」の文脈の中で「過去に起きたことを変えることはできない」という旨のことを申し上げたかと思います。このことについて、補足も含めてもう少しここに記しておこうと思います。

日本でリフレクションに取り組むと、「反省モード」になりやすく、そのために本質的な諸相へのアプローチがしにくくなっているのではないかと言われています。ちなみに、「反省モードにならないためのリフレクション」をテーマにしたワークショップをREFLECT後援の形で11月13日に行います。ご興味がある方は是非ご参加ください。

反省モード、から少し話を進めると、たとえば、反省しなければならないあることが起きた時に、それは「悪いことが起きた」のではなく、起きたことに対して、私たちが「悪いことであるという価値をつけた」と考えてみるとどのように考えられるだろうか、ということなのです。その起きたことが、誰の目から見ても悪いことであることもあるでしょうし、あるいは、いわゆる「賛否両論」なのかもしれません。リフレクションの営みの特徴の一つは、いずれの場合であっても、この「価値」に対してアプローチをすることです。なぜ私(たち)は、この起きたことに対して「悪いことである」というように考えたのか、それはどういう規準(基準)からなのだろうか、というように考えてみようというわけです。そして、こう書いている私自身もリフレクションしながら時折困惑するのは、この「悪いこととした規準は一体どこから来たのか」という点です。

これに今すぐ決着をつけることは困難ではありますが、この「悪いこととした規準が”外からもたらされたものである”場合」には、ALACTモデルでいうところの2番から4番へのジャンプが起きやすいという印象を持っています。本来であれば、外からやってきた価値と自分自身が本来保持しているものとの葛藤が生まれるはずなのですが、それはちょっと置いといて、その外からやってきた価値としては、どのようなことが望まれていたのだろうか、という視点から解決策を見出そうとするからです。とくに、”じゃあ”どうすればよかったのかという問いによってその困惑が表出されます。そこには、8つの質問でいう「あなたは何を望んでいたのか」の答えが欠落しています。反省モードが本質的な諸相へのアプローチを妨げているのだとしたら、一つの原因はここにあるのではないかと考えられます。

少し長く、そしてややこしく書いてしまいました。次の記事で、もうすこしこのことについて嚙み砕きつつ、REFLECT後援企画についても少し触れてみたいと思います。

保育者の学びを考えるシンポジウム Part2 報告その1

2016年7月31日、大妻女子大学にて「保育者の学びを考えるシンポジウムvol.2」を開催させていただきました。
当日は、現職の保育者の方(若手、ミドルリーダー、園長それぞれ)、子育て支援や保育者支援に携わっておられる方、養成校の教員、と様々な立場の方がお越し下さいました。
それぞれに熱心にご参加くださいましたこと、まずは心より御礼申し上げます。

さて、当日のご報告第一弾をさせていただこうと思います。

保育の仕事は、

  • 絶え間なく実践が続く
  • 常に子どもと一緒にいる
  • 職員室に戻る暇がない
  • ホッとひと息つく暇がない
  • 実践を振り返る暇がなかなかない

という特殊な事情を抱えていると言えますが、それだからこそ、「振り返り」が必要ではないか、というのがその場にいた全員が共有している意見でした。

では、何をどのようにいつ振り返るのでしょうか?

保育者は、保育記録(1日の保育の流れ、子どもたちの活動の記録など)を書くことが多いですが、その中で、「私はどうしていたのか?」「子どもとの関わりの中で、私はどうだったのか?」という振り返りはなかなか難しいのが現状ではないでしょうか。

けれども、「子どもとの関わりにおける私のありよう」について振り返ることで、自らの保育観、子ども観について考えを深めることで、保育者としての専門性の深まりへと繋がっていくと考えられます。

養成校で実習の事後指導をする中で、実習生から出された教育的契機(一人の大人として、実習生として、子どもに向き合い、迷いながらも、その子どもにとって善いと思われるなんらかの判断を行った場面)についてクラス全体で事例へのリフレクションを行っています。当日はいくつか事例を挙げて参加者の皆さんと一緒に考えさせていただく機会をもったのですが、以下に「トイレに行きたくない女の子」について書かせていただこうと思います。事例を出してくれた学生は、小学校にボランティアに行き、主に発達に少し遅れがみられる2年生の女児(Y児)に付き添っていました。

<教育的契機>

Y児は自分でトイレに行くことが出来ないので、教師やボランティアによる介助(声かけ)が必要です。担任教師からいつものようにトイレに連れて行くように促されたので、Y児に「Yちゃん、トイレに行こう」と誘いました。その途端、それまで機嫌が良かったY児の顔色がみるみる変わり、急に泣き出しました。いつもなら自分から走ってトイレに行っていたので、私は大変驚きました。そこで、「なんで泣くの? トイレに行くだけでしょ」と声をかけました。ところが、声をかけられたY児は逆に大泣きしてしまい、あまりに大きな泣き声なので担任教師も驚いていました。あまりにも泣き続けるのでトイレに連れて行くのは止め、泣き続けるY児のそばに数分間いました。そして泣き止みかけたときに大好きなアンパンマンの絵本を渡すと笑顔が戻り、それをずっと見ていました。

<その後の展開>

その出来事が起きてから数日間は、トイレに行くよう声かけをするとY児はすぐに泣き出すようになってしまいました。そして、周りの子どもが「Yちゃん、泣きません!」と言うようになり、それを言われたY児はさらに泣き出してしまうようになりました。完全に悪循環へと陥ってしまいました。

<行為へのリフレクション>

そのとき本当にどうしたらよいのか分からず、Y児の機嫌を取る方法しか思い浮かびませんでした。ですが、「なんで泣くの? トイレ行くだけやろ」という声かけが間違っていたのではないかと感じています。

私にとっては「ただのトイレ」でも、Yちゃんにとってはトイレに行くことはとても大変なことなのかもしれないということに今になって気がつきました。もし違う声かけをしていたら、Yも泣き出さずに済んだかもしれず、その後トイレに行くことを嫌がることもなかったかも知れません。

学生はこのように自分なりのリフレクションをし、記述していました。この事例について、クラス全体でリフレクションを深めていきました。

 

保育者の学びを考えるシンポジウム Part 2 の開催に向けて

表題のシンポジウムの開催もいよいよ今週末に迫ってまいりました。
みなさまに当日お会いできるのを楽しみにしています。

詳しくは当日に、といいながら今回のテーマについて少し。

Part1に引き続き、保育者の学びをテーマに皆さんといろいろと考え、学んでいきたいな、と考えています。そして、今回の副題には「振り返り」という言葉を入れてみました。振り返り = Looking Back = 後ろを見てみるということです。
「後ろ」は、もちろん時間軸的に後ろ、という意味で、つまり過去のことということになります。なぜ過去のことを扱うかというと、そこから私たちが学び成長する材料を探すためです。

一般的に「経験学習(Experiential Learning)」という言葉も使われたり、KorthagenもALACTモデルを経験学習モデルであると表記することもありますが、まあ、そういった難しい言葉はさておき、そこから学ぶことはできるか?どうやったら学ぶことができるか?について考えていきたいと思います。

繰り返しになりますが、私たちが学び成長する材料探しはどうやってできるか、という観点で、いろいろなところから考えてみよう、というお話しかと思います。

探し物ですので、見つかることもあれば、見つからないことも、そして思わぬ掘り出し物を得ることもあります。そして、ある程度は道具や方向性があったほうが見つけやすくなるかもしれない、ということで、今回もKorthagen先生のお話に登場いただくことにしました。

Korthagen先生は理論と実践のかい離という問題意識から「リアリスティック・アプローチ」という考え方を提唱しました。
その本義については、その全てを窺い知ることはできていないわけではありますが、この「リアリスティック」という言葉に少しこだわることによってさらなる学びの世界が開けるように思います。Realistic には「現実的な」や「実際的な」という言葉が訳としてあてられますが、Korthagenのいう文脈で考えるならば「『実際に起こっていること』『現実で起こっていること』からものごとをとらえて、あらたな学びの機会にしてみよう」という意味合いで理解するのがよいように思います。

そして、この『実際に起こっていること』がなかなか曲者です。私たちは、この『実際』を本当に捉えることができているのだろうか、という問題です。
私たちの周りもさることながら、私たち自身についても、その実際はどのようになってるのでしょうか。

これまでもこのようなテーマでいろいろな方とご一緒させていただきましたが、回数をかさねればかさねるほど深まる謎もあり、またいろいろな展開があります。
ただ、一つ言えることは保育の実践には、このような営みが役にたつ可能性が高いのではないか?ということです。
それは、保育の実践が連続的に絶え間なく流れ、形式的に実践を捉えることが難しいことに起因しています。
つまり、計画→実行→見直し、というような流れは(一応つくりますが)、それは全体の一部でしかなく、その他の部分で別の流れが同時並行しています。
ので、あとからこの計画だけを見直しても、なかなか全貌がつかめません。そこで、その実際から紐解いて全体を捉えたらどうなるだろうか、というところから、リアリスティック・アプローチの可能性を感じています。

少し難しく書きすぎてしまいました。ここに書き込みをしている時点で、きっと「リアリスティックではなくなってしまって」います。
続きは当日、皆さんと考えさせていただければと思います。

保育者の学びを考えるシンポジウム Part1(終了・報告)

2016年6月26日@大妻女子大学
お集まりくださった皆様、ありがとうございました。

アクティブな学びって何だろう?こんな題名でイベントを企画しました。
アクティブラーニングとも言わず、遊びとも言わずに、あまり手垢がついていない言葉で皆さんと考えよう、というつもりの題名です。

そして、題名にはもう一つこだわりがあります。それは「保育者の学びを考える」ということです。
REFLECTの本名は「学び続ける教育者のための協会」ですので、このイベントは、子どもの学びを考えるのと同時に、その実現を支える大人、保育者自身がどう学ぶか、ということを重視したかったためです。

前半のトークセッションで紹介された子どもたちの学びは、小学校であったとしても、保育所であったとしても、自分たちから世界を拡げ、創っていくものでした。さて、このセッションで提起された課題は、保育者(教育者)である私たちは何かと先回りをしがちである、ということです。

この学びにはどのような名前がついているのか、どのような教科があてはまるのか、どのように進めさせればよいのか。どこかにいってしまわないか気が気でなりません。

しかし、主体的な学びと言っている以上、うかつに手出しはできないわけです。かといって放置していればよい、ではプロの仕事になりません。では、どのように子どもとかかわることができるのか。それを後半のワークショップを通して考えていきました。

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言葉で表すのは、なかなか難しい。
ということで、今回は粘土を使ったワークです。子どもの学びの世界を、紙粘土で表してみました。そして、この世界に私たち保育者(教育者)はどのようにかかわっているのでしょうか。

それは、参加してくれた皆さんそれぞれの想いでお持ち帰りいただいたものと願っています。
このイベントはPart2へ続きます。Part2では、この「かかわり」について、それぞれの実践からしっかりつかみ取ることができるだろうか、そんな期待でリフレクションをテーマにしました。

次回も皆さんと一緒に考えられることを楽しみにしています。